ページ番号 C1005688 更新日 令和6年9月2日
和田家は、江戸時代に萩園村の村役人を務めた家柄です。この建物は、同家11代和田清右衛門によって建てられました。移築復元のための解体作業中に「安政二(1855)年三月吉日」の年号のある棟礼が発見され、建てられた年代が明確になりました。また、「居宅普請財木買入帳」などの建築に係わる記録類が残っていて、建築準備が始まったのが嘉永4(1851)年であることや、これらの購入先、普請に関わった人々の詳細が分かりました。
この建物の特徴は、次のようなものです。
昭和57年に解体し、同年7月に市の重要文化財に指定し、移築復元して昭和60(1985)年4月に開館しました。
【旧所有者】 和田家
【旧所在地】 市内萩園2,334番
【現所在地】 市内堤3,882番
【規模】
桁行(全長): 11間と3尺5寸(約21.1メートル)
梁行(全長):6間(約10.8メートル)
建築面積 : 224平方メートル
この建物は、市内香川にありました。三橋家は香川の旧家で、江戸時代には香川村の中の、旗本戸田氏の知行地の名主を務めました。この建物には、文政11(1828)年の年号のある棟札や、建築経過を記録した「大工木挽萬控帳」(文政10年)などが付属していて、建てられた年代が明らかです。
この建物を建て、「控帳」を残した当時の三橋家の当主は三橋伊右衛門といい、伊右衛門から6代にわたり住宅として用いられました。「控帳」によると、文政10(1827)年7月9日に木挽き職人の仕事が始まり、8月25日に手斧立の儀式、11月14日に棟揚げ、内装などの作業を経て、翌年の2月末に建物は完成しています。
解体前の調査によって、市内の他の民家に比べて次のような特徴があることがわかりました。
これらのことから、茅ヶ崎市では長く保存する価値があるとして、昭和46(1971)年に市の重要文化財に指定し、47年(1972年)に移築し、昭和48(1973)年に開館しました。
【旧所有者】 三橋家
【旧所在地】 市内香川2288番 (香川7-10-23)
【現所在地】 市内堤4318番
【規模】
桁行(全長):10間と4尺(約19.2メートル)
梁行(全長):5間(約9メートル)
建築面積 :151 平方メートル
(注) 旧三橋家は、建築物の中には立ち入りできません。
9時00分から16時00分
毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は翌平日が休館)
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